ハロルドとモード

やっと今年になってDVD化されたという。
今まで名前は聞いた事はあったが、まさかビデオ化すらされていなかったとは。見られないこととカルト的人気は連動している気がする。

とにかく。

これは映画史上一番年の差があるカップルではなかろうか。ロリータですら、60は離れていなかったと思う。
なんというか素敵な内容だった。死に憧れ、自殺を趣味とする少年。自由奔放に生きる老女。ふたりは見も知らぬ人間の葬儀で出会うが、お互い葬式に参加する理由はまったく違うように感じた。

ハロルドについて。
寄宿舎時代に起きた事件以来、自殺する事に喜びを覚えた。「死ぬという事はとても楽だ」と気付いてしまった。彼の父親は出てこなかったが、どんな人間だったんだろうか。とにかくハロルドが自殺を趣味とし始めたのは、間違いなく両親からの重圧なんだろうな。以来、自殺を趣味とする。映画の冒頭で首つり自殺を計るが(もちろんほんとうには死なない)、部屋に入ってきた母親がハロルドを見つけ「今晩のディナーは8時よ」なんて語りかける。夕食後も再び自殺。恐らく初めは母親は毎度取り乱していたのだろうが、もう動じない。ただ嫌気がさしてヒステリックに叫ぶだけ、カウンセラーにかけたり、結婚したほうが良いわと言い結婚相談所を利用したり、マッカーサーの右腕だったと言う軍人である伯父に頼るだけで彼女自身は何もしない。ハロルドは霊柩車を買い、他人の葬式に参加し、自殺を続ける。
モードの自宅へ二度目の訪問時、モードに案内され彼女の作品に触れる。視覚的作品、嗅覚的作品、そしてみっつめの触覚的作品。あからさまに女性器の形をしている。それにゆっくり触れ、頭を入れる。子宮回帰願望か、エディプスコンプレックスか?無意識のうち母親を求めていたのだろうかとも思うが、モードと恋人関係になったのはそれが理由とはあまり思えない。結局彼は孤独で、導いてくれる人間が必要だったのだ。カウンセラーのように誘導質問でハロルドの内部を覗くのではなく、モードのように共有することによって癒してくれるような人間。

モードについて。
出身は、オーストリアなのかしら。腕には強制収容所のナンバーが掘られている。普段からの明るい振る舞いからは想像出来ないが、重い過去を持った人なのだろう。しかし彼女は歌いたいときに歌い、生きたいように生き、少女のように天真爛漫で、「檻」からの解放を続ける人間。自身が檻に入れられていたからだろうか。ハロルドが死に憧れているのなら、モードは死に近い人間。死をすでに受け入れ、求めている。
モードは「今日あるものが明日あるとは限らない」「ぜんぶ思い出のあるものだけどかけがえのないものではない」と、執着心が全くない。あるとするならば、檻から解放する事だけ、かもしれない。
ハロルドがプレゼントしたものを「今までで一番素敵なプレゼントよ!」と言った次の瞬間、海に投げ込む、あの美しい程の執着心の無さ!
最終的に、80歳の誕生日に服薬自殺を計る。ハロルドと違うのは、ほんとうに死ぬ気だということだ。ハロルドの死は薄いが、モードの死はとにかく濃い。生きてゆくために死ぬハロルド、死ぬために生きるモード。とにかくこのふたりは正反対だ。

アメリカン・ニューシネマにわけられるんだろうけど、アメリカン・ニューシネマ的終わりではないな。
その割に明るい終わりで、音楽がとても良い。探してみたがサントラは限定発売のみのようだ。キャット・スティーブンスのCDを聞いてみようと思う。

とにかくブラックユーモアも散りばめられている。マッカーサーの右腕だった軍人の伯父は、右腕が無い。敬礼するためにイミテーションは付けているが…。ハロルドの自殺方法も面白い。結婚相談所から送られてくる女性も奇妙だ。モードのアナーキーな行動も。反社会的、そして反アメリカン・ニューシネマ的?

初めのほうはちょっとキューブリックっぽいな、と思ったけど。
他の作品も見てみたい。

ハロルドとモード/少年は虹を渡る [DVD]

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